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下痢。 [病気]

入院中の父ことです。
昨日から下痢をしています。
原因は、どうやら母がもちこんだ食べ物にあるようです。
早く体力が戻るようにと、レバとかウナギを病室に持ち込んで父に食べさせていたのです。
父はリハビリを二日休む破目になりました。
「私が持ち込んだ食べ物が強かったんだね」と母は反省しておりました。
「でも医者には内緒にしておこう」と言って笑っていました。
呑気なものです。

母は毎日毎日、食事を食べさせに病院に行きます。
病院はバスを乗り継いで30分ほどのところにあります。
昼食は毎日、夕食は一週間に3回ほどでしょうか、視力を失ってしまった父の食事の世話に行きます。
病院の帰りには、駅前の西友などに寄って買い物をしてきます。
力のない母にとっては買い物は重労働です。
1リットルの牛乳を二本も買うと、あとは何も買うことはできません。
買い物は私がまとめて買うからしなくていいよ、とは言ってあるのですが、、、
たまには自分で買いたいのでしょうか?
それとも私に気を使っているのでしょうか?
親友が亡くなってしまったので、家に帰ればテレビを見ているだけということになります。
かわいそうな母です。
そんなにかわいそうな母なのに、たまに苛々して酷いことを言ってしまう私は今日もしらみでした。

「お父さんは病院が好きみたいだよ。」 [病気]

夕方、いつものように実家の母に電話してみます。
実家に行くことができない平日は電話をして「生存確認」をしています。
去年の10月からはほぼ毎日電話をしています。
「テレビは調子いいよ。」と母は言いました。
先日地デジのチューナーを変えさらに電波の受信レベルを低くしたのが奏功してテレビの調子は良いようです。
母は数年前に心筋梗塞になり、今でも3カ月に一度病院に行っています。
昨日は、3カ月に一度の病院の日でした。
自宅から60分ほどかかる大学病院まで行っています。
簡単な診察を受け、処方箋をもらって帰ってきます。
その後ろ姿を想像するとかわいそうになります。

不条理(実存主義の用語で、人生に意義を見出す望みがないことをいい、絶望的な状況、限界状況を指す。)

母が、出かける先は病院ばかりです。
母の親友は去年亡くなりました。

母は言いました。
「お父さんは病院が好きみたいだよ。」
ぞっとしました。
「家で寝ているより落ち着くんだって。」
そりゃそうです。
家には白痴がいます。
頭が痛いと言って苦しがる父親を見て「死んじまえ」という白痴がいます。
あの家は落ち着かないのです。
白痴がいるからです。
いつ大声を出して暴れるかわかりませんから。
白痴も昔ほど体力はありませんから、今は暴れないようですが、昔は父に対して暴力をふるっていました。

父はもちろん、母ももう長くは生きられません。
長く生きたとしても10年ほどでしょうか?
その間になんとかしなければなりませんが、、、、。
白痴をどうにかしないといけません。

人生の最後のほうになってこんなに絶望的な状況になるなんて。
私も毎日毎日こんなことばかりを考えているのが苦しいです。
相談する相手もありませんから。

ブログにこうやって書いていると少しは気が紛れます。
 
今週の週末には母を健康ランドに連れていこうと思います。
実家からバスで15分くらいのところにある健康ランドですが、母は一度も行ったことがありません。
せめて風呂でも入ってゆっくりした気分になってください。
温泉旅行でも連れていってあげたいし、
静かな田舎で余生を静かに過ごさせてあげたい、
テレビしか楽しみがない母です。
生きる意義を見出すなんて母には昔からできなかったのではないでしょうか。

今日は寒い夜です。


健康な老人と病気の老人。 [病気]

自宅の近所に一キロのランニングコースがある公園があります。
ウォーキングをする人、ランニングをする人で常時賑わっています。
私も週に二回はその公園を利用してランニングをしています。
今日は午前9時から、その公園で走りました。
ランニングコースを元気に歩く老人たちがうらやましいです。
ランニングコースのそばで柔軟体操をする老人たちがうらやましいです。
老人たちは常に笑顔です。
お友達と楽しそうに歩いています。

私の母には気が置けないお友達がいません。
一キロ歩くなんてこともできないでしょう。
西友の5階に行くことでさえ面倒くさいという始末です。
父は入院中です。
退院しても一キロ歩くことは不可能でしょう。
一キロどころか、今まで通り歩くことができるかどうかわかりません。

無知で病気になり、そして貧乏になる。
両親の医療費は年々増加しています。
病気ばかりしています。

両親ともに健康に良いことはしていませんでした。
さらに家には白痴がいますから、白痴にびくびくしていて精神的にも不健康でした。
私は結婚して実家を出てしまい、しばらくは白痴と顔を合わせることはありませんでした。
もう白痴のことは忘れていました。
しかし、最後になって白痴の問題が頭を擡げてきました。
こんなことなら、もっと早く何か手をうつべきでした。
父が死に、母が死に、白痴だけが生き残ったら、面倒をみるのは私です、ね。
でもそれは無理というものです。

なんとかして縁を切れないものでしょうか?
逃げたといわれてもいい、いやなものは厭だ。
自分の家庭が大事です。
なんでこうなる前に、みんなで相談しなかったのだろう。
なんで見て見ぬふりをしていたのだろう。
ああ、厭だ、厭だ、どこかに消えてしまいたい。
厭だ厭だ厭だ。

実家の帰りにブックオフに寄りました。
欲しかった本が安く手に入りました。
ふふ。

母は、天童よしみさんのコンサートに行きたいようです。
チケットをプレゼントしてあげよう。
でも親友が亡くなってしまった今、一人で行くのはイヤかなあ。


父は、ぶどう膜炎で失明しました。 [病気]

現在父は視力がありません。
両目とも、です。
二年ほど前に、原田病ではないか?と医師に言われたそうです。
原田病は発症率が低いので、父は医者の実験材料にされてしまったようです。
父は医者を信じて、医者の言うとおり入院しました。
大部屋が空いていないので、病院都合での個室への入院です。
父は文句も言わず高い入院費を払い、辛い思いをしながらステロイドを飲みました。
でも結局、急性ぶどう膜炎での失明です。
患者が医者を信じていても、医者は患者をそう大事に思ってはいないようです。
自分の研究材料に使えるかどうか、思いどおりに薬を飲んでくれるかどうか、しか考えていないのでしょう。
かわいそうな父です。
糞真面目な父です。
毎日毎日腹いっぱいの薬を飲まされて、失明し、車いすか杖の生活です。
家に帰っても今のままでは白痴がいて落ち着いて眠ることができません。
なんとかわいそうな父ではありませんか。
父が帰ってくる前に白痴を追い出さなければなりません。
白痴を追い出すことによって、消すことによってもし私に罰があたるなら、胸をはって罰を受けてやります。
神も仏もいないこの世。
不条理な人生を送ってきた両親、最後の最後で幸せにしてあげたい。

魚が口をパクパクさせる音を聞きたい。 [病気]

父はもう40年も魚を飼っています。
魚を食うのも飼うのも好きです。
そんな父が病院で言いました。
「もう目が見えないから、池の魚の姿は見られないけれど、
魚が口をパクパクさせるその音だけでも聞きたいな。」と。
80過ぎて視力を失い、寛骨臼を骨折し、今リハビリに励む父の「夢」です。
この「夢」を実現させるためには、やはり白痴を追い出して家の中を静かにする必要があります。
リハビリ病院から父が退院する前に白痴を始末しなければなりません。
あいつだけは許さない。
ミテロヨ。

昨日は父にも母にも罵声を浴びせた。 [病気]

父は転院しました。
リハビリ専門病院です。
私は母に代わって着替えなどを病院に持って行きました。
私が病院に着くと父は食事をしていました。
父は目が見えません。
理学療法士の方に見守られて食事をしていました。
父は80歳です。
人生の「ベテラン」です。
しかし、盲人としては初心者です。
去年の11月くらいまではかすかながらまだ目が見えていました。
しかし入院とほぼ同時に父の視力は無くなりました。
食事を終えた父が部屋に戻ってきました。
リハビリ用の靴をはいていました。
色は黒です。
目は見えませんから、色なんか何色でも関係ありません。
リハビリがとても疲れるようです。
転院前は軽いリハビリをするだけでほどんど寝かされていましたから無理もありません。
かわいそうな父です。

しかし、そんな父に私は罵声を浴びせてしまいました。
あなたは老い先短いからいい、でもこれから何年生きるかわからない弟の面倒は誰が看るの?
なんで元気なうちになんとかしておこうと思わなかったの?
あいつをどうすればいいの?

そのあと実家に帰りました。
そこでも母に罵声を浴びせました。
苛苛するのは弟のせいです。
しかし、人生の最後になるまで問題を先送りにしてきた両親をどうしても恨んでしまいます。
あいつをどうするの?

もう私一人で三人も面倒をみるのは無理です。
三人とも死んでくれたら、助かります。
両親には人生の最後を楽しく幸せに送ってほしいと思っていましたが、もう無理かもしれません。

介護なんて、するのもさせるのも、どっちも無駄です。
死ぬ時は即死、即死が一番。
もし、病気で寝たきりになったり、認知症になったら、すぐ死ぬような薬を開発してくれないでしょうか?

父が入院しているリハビリ病院は高齢の入院患者に童謡を歌わせたり幼児がするような遊びをさせるようです。
高齢者をバカにしているのではないでしょうか?

介護なんてしたくないよ。
介護なんて無駄だよ。
即死が一番だよ。

なんで介護なんだよ。
ふざけんなよ。

保健所に相談に行くことになりました。 [病気]

白痴の弟のことです。
大きな声を出して暴れることがあります。
まともに就職したことはありません。
今でも父親の扶養ということになっています。
不要なヤツです。
役たたずどころか、マイナスなのです。
役ただずならまだましです。
こいつが家にいると筆談をするしかないことがあります。

両親は白痴のことを先送り先送りしてきました。
父親は今入院中です。
退院しても弟の問題を解決する力はないでしょう。
母親はもとより力がありません。

最後は兄である私が始末をしなければなりません。

ずっと思っていました。
なんでこんな奴が弟なのだろう。
なんで自分たちが元気なうちになんとかしてくれなかったのだろう。
なんで俺が面倒みるの?
ふざけんじゃねえよ。

なんで子供の人生の妨害になるようなモノを残しておくんだよ。
早く楽になりたい。

バレンタインデーだって、へっ、笑わせるなよ。

母を責めてはいけないのです。 [病気]

曽野 綾子さんの「安心したがる人々 」から引用させていただきます。
「しかし谷選手(柔道)のこれまでの生活が、それほど偉いとは、私は思わない。
母親としての暮らしと厳しい選手としての生活とを同時にやってのけたことは、
確かに意志の弱い人にはできないが、
その程度の辛い生活に耐えた人は世間にいくらでもいる。
谷選手には、その厳しさに華々しく報いられる場があった。
しかし年老いてぼけた自分の母親を、何十年も介護し続け、ほとんど自分の人生を犠牲にしながら、
誰からも注目されず、もちろんメダルももらわなかった人の方が、私はずっと偉人だと思うのである。」

「辛い生活」に耐えた後は、明るい未来がある。
少なくともマイナスになることはないでしょう。
「辛い生活」を選択したのは自分であるはずです。

ところが、介護などの「辛い生活」には明るい未来はありません。
表彰されることもあるはずがありません。
自分の生活、いや人生を犠牲にして耐えるしかありません。
介護で人間的に「成長」するかもしれませんが、他の方法で成長する方がいいに決まっています。
介護による「辛い生活」を選択したのは自分ではありません。

母も父も白痴のおかげで「辛い生活」を送ってきました。
父はそのため入院。
母も疲れ切っています。
その3人を私が背負うことはできません。

なんとかしないといけない。
今、私の人生の危機、底、でしょう。
這いあがれるか、否か。

お金が必要です。
犯罪でも、、、なんていふ考えが浮かんだりします。
どうせ死ぬなら、、、、。

memento mori(ラテン)
「死を想え」「死を忘れるな」という意味の警句。
古代ローマでは、「今を楽しめ」という意味で使われたが、
キリスト教世界では、現世のはかなさを覚え、
来世に思いをはせるように勧める言葉となった。

父も母も白痴も私も、このような運命に生まれたのでしょう。
美輪明宏さんがお書きになった本に「正負の法則」というのがあります。
父も母も「負」をたくさん経験してきました。
母はよく言います。
「地獄の淵を歩いてきた。」と。
その「負」に見合った「正」が人生の最後に来るのでしょうか?
それとも父と母は来世で「正」にめぐりあえるのでしょうか?

どうも世の中不公平じゃありませんか。
でも、広い世界を見渡すと、日本に生まれて運が良かった、幸せ、と思わないといけないかもしれません。

今日も「あちらこちら命がけ」(坂口安吾)で頑張ろうと思います。
朝の頭は「明るい」なあ。



「死ぬ瞬間」をめぐる質疑応答/エリザベス・キューブラー・ロス [病気]

「人間は年老いて、必要とされていないと感じ、もはや自分がまったく役に立たないと思うと、たいていはあきらめの段階に入ります。もはや人生には意味はなく、目的もないようなので老人はそれ以上生きることを望まなくなります。あなたは巡回牧師として、老人たちと人生の意味について話したらどうでしょうか。必ずしも神学上の観点から人生の意味について話す必要はありません。ただ、老人たちの若い頃には、何が人生において意味をもっていたのかを探り出して下さい。そうした若い頃の人生の意味のどれかが、老年になってもふたたび意味を持つことがわかれば、あなたは老人をあきらめの境地からより幸せな『受容』へ進むのを手伝うことになるのです。」

私の父にとって何が人生において意味を持っていたのでしょうか?
父と人生について語るなどということはしたことがありません。
今週の後半には病院に行くことになりますから、人生について父と話してみようと思います。

母に電話をしました。
母は今日、白痴の件で保健所に相談に行っているはずです。
私も一緒に行くべきなのですが、「仕事」を休むことができません。
電話すると母が呼び出し音五回で出ました。
私が何のために電話したのかは分かるはずなのに、父の病状のことばかり、今日は下痢をしていたとか、膀胱に菌がまだ残っているとか、話して肝心なことを教えてくれません。
私が気付くのが遅すぎました。
どうやら母のそばには白痴がいるのです。
「また電話する」と『返事』をして電話を切りました。

白痴がいない時間帯を見計らって電話をするしかありません。
母には気の毒ですが、最後にひと踏ん張りしてもらうしかありません。
なんとかしたいです。

父と母の人生を最後で幸せなものにしたい。
私のできることは何か?
落ち込んでいる暇はありません。

私には、うつ病になるカネもヒマもありません。


父を特養にいれるかもしれません。 [病気]

特別養護老人ホーム
老人福祉施設の一つ。
認知症などの心身の障害のため常時介護を必要とし、また在宅介護が困難な65歳以上の老人が入所する。

視力を失い、自立歩行が困難な父と
白痴の弟の二人を年老いた母が面倒をみることは不可能です。

父が家に帰ってくることはもうないのかもしれません。
特養のことは母から父に伝えてもらうことにしました。
今日話しているはずです。
結果は明日聞こうと思います。
こんなに辛い思いをして生きているのに意味があるのでしょうか?
リハビリをする父に頑張れとは言えません。
もう頑張らなくてもいい。
あと何年生きるのでしょうか?
80を超えてリハビリとは辛いでしょう。
なんで「負」ばかりが多いのでしょう。
父や母は来世で「正」に巡り合えるのでしょうか?
気の毒でなりません。

ああ、辛い辛い。
西原理恵子さんは「どん底でこそ笑え」とおっしゃいます。
今が私のどん底か、もっと底があるのか、わかりませんが、笑えません。
無理です。

自分の家族と親、そして白痴の弟、死にそうです。
自殺した場合は保険金はおりるのでしょうか?

約款をよく読んでおくことにしましょう。